音楽活動の軌跡【シリーズ⑮】

blogネタに困った時に使うシリーズネタ第二弾「音楽活動の軌跡」の第十五回です。



長野県を離れ、これまた縁もゆかりもない群馬県に住むこととなりました。

ゼロからのスタートでしたので、まずはメン募サイトで女性ボーカル募集を行いました。

この頃は30歳代に突入していたので応募はガクンと少なくなりましたね(^^;)。

それでも何名かやりとりをして、「Ruri(当時25歳)」と5代目ユニット『Right-HandMan/Ruri』を結成しました。

高崎で初ライブをしましたが、当日は打ち込みスタイルユニットのポップユニットはまだ少なかったので珍しがられましたね。

ボーカルの「Ruri」は器量良し性格良しのとても素敵な女性でした。

「こりゃ、モテルだろうなぁ(*´Д`)」と思っていたら、1年弱でHappyWeddingとなり活動停止となりました。

しかし、お陰で無事に群馬での活動をスタートすることが出来ました(^^♪。



続いて「Tomo(当時29歳)」と6代目ユニット『PowerVox』を結成しました。

「Tomo」はバンド経験も豊富で大手メジャーレーベルのオーディションにも合格し、メジャーデビュー直前までいった本格派。

器量良し&唄良しに加え、ステージパフォーマンスがすごかったです。

オレも負けじと二人ながらもバンドに負けないステージをやろう!とがんばったものです(笑)。



●Power/PowerVox





この『PowerVox』時代に打ち込みに加え、アコースティック活動をはじめました。

高崎駅前でストリートライブをする為です。

初めてアコギを購入してライブのない週末は毎週のようにストリートライブやりました。

フライヤー配って、CD販売して、サポートスタッフも入れてがんばりましたな。



しかし、少しやり過ぎたんでしょうね。

当時の相方の旦那様がお怒りになったのをきっかけに、活動がぎくしゃくし、二人で大喧嘩。

1年程で活動停止となってしまいました(>_<)。



この時を教訓に、その後は相方の彼氏や旦那様を大切にしようと思うようになりました。

男女ユニットだと見方によっては「公開デート」みたいなもんですからね(^^;)。

誤解を生まないように、相方を支えるパートナーとも信頼関係を築くことが大切だと思って取り組んでいます。

実際この気付きはその後のユニット活動に大きな影響があったと思います。



続きを読む

音楽活動の軌跡【シリーズ⑭】

blogネタに困った時に使うシリーズネタ第二弾「音楽活動の軌跡」の第十四回です。



やっと形にすることが出来た打ち込みユニットでしたが、初ライブ直後に初代Vo:mayuが脱退してしまったので、二代目Voとしてサイドボーカルだったikkoと二人の活動を始めました。

当時はオレのE.Guitarもヒドイもんで「ギターもう少しがんばりましょう!」とのお客様からのコメントをいただいたくらいでした(>_<)。

ikkoも初めてのステージだったので二人で悩むことも多かったです。



何もかもが試行錯誤でしたが、1stカセットテープを発売することとなりました。

レコーディングは宅録。

ボーカル録音の難しさも勉強になりましたね。

当時は録音後修正なんて出来なかったので、レコーディングは苦労しました。

1曲を通しで唄い切るのは難しいので、分割して録音していく方法などを試行しながら行っていきました。



その他にもコアな?女性ミュージシャンファンとの接し方などでikkoが少し怖い思いをしたりして、

オレがボディガード代わりに対応しなきゃいけない場面もあるんだと勉強になりました。

この際の経験から、周りの方からはちょっとウザいかもですが、ライブ会場では相方の様子に目を配ってフォローできるようにするようになりました。



二代目Vo:ikkoには色んな面で実験台的になっていただく結果になってしまったと思い、申し訳なく思っています。

しかし、人間的にとても出来た相方だったので非常に助かりました。ひたすら感謝ですね(/_;)。



そのような中、並行で募集していたメインボーカルに応募がありました。

三代目Vo:sara(当時19歳)です。

オレと同じ干支だったので一回り下(笑)。

ルックスも美人だったので人気がありましたね。

この三代目ユニット『Right-HandMan/sara』としてオリジナルカセット音源を発売しました。

コンテストにも出場し決勝まで進めたりしました。

少し自分の音楽に自信を付けることが出来たユニットでした。

↓当時のライブ音源があったのでご紹介します。



●SmileKissMe /Right-HandMan/sara 





ちなみに本来ツインボーカルでやりたかったのですが、ikkoは過去のトラウマ?かゲスト的に参加する程度でユニット活動から離れて行く結果となりました。

この経験を踏まえ、

「女性同士はムズカシイ。。。ツインボーカル構想はオレが決めてもうまくいかない。女子同士が仲が良くなった場合だけやろう。」

という考えに致りました(^^;)。



そして同時期にボーカル募集で応募があった「See-Co(当時27歳)」とは平行で4代目ユニット『Right-HandMan/See-Co』として別活動することとなりました。

歳も近かったので、友人としても仲良くしてもらいました。

活動して3ヶ月くらいでオレが群馬に異動になりユニットは解散することとなったのですが、その後も長野で色々なバンドで活躍されています。

「オレとのユニット活動がきっかけで音楽活動に目覚めるケースもあるんだなぁ」と思いました。

そんな意味で「ステージに上がってみたいけどきっかけがない女性Vocalさん」の活動のきっかけになることもオレの音楽活動意義なのかもしれないと思うようになりました。

この考えはその後の活動にも影響していると思います。



と言うことで僅か3年でしたが、オレの群馬への転勤を機に長野市での活動を終えることとなりました。

「バンド活動⇒打ち込みユニット活動」へスタイル変革をした転機の時期だったと思います。



次回からは群馬編です。

お楽しみに!

続きを読む

音楽活動の軌跡【シリーズ⑬】

blogネタに困った時に使うシリーズネタ第二弾「音楽活動の軌跡」の第十三回です。



あれこれ悩んだ結果、長野での音楽活動再出発は「女性Vo+打ち込み+E.Guitar(オレ)」のユニットスタイル活動を開始することにしました。

まずは女性ボーカル探しからスタート。

当時はメン募サイトもあまりメジャーじゃありませんでした。

そこで目を付けたのが地方紙の「仲間募集欄」(笑)。

当時は地方新聞に「あげます・くださいコーナー」とかで個人情報(電話番号)掲載していた時代です。

そこに掲載してみたんです。

するとそれを観た地方TV局の方が取材に来て、地方TVのニュース番組でメンバー募集の宣伝出演をさせていただけました(^^)v。

きっとバンドメンバー募集を新聞でする人間は珍しかった時代だったんですよね。



その効果があったのか?十人くらい応募をいただきました(・ω・ノ)ノ!

下は高校生から30歳くらいまで全員とカラオケボックス等で唄を聴かせていただきました。

中には「もしかして援助交際とか言われるのかと思ってビクビクしながら来ました(^^;)」ってコもいました(笑)。

また採用しようとしたら連絡が取れなくなって何度か連絡を続けていたらストーカー扱いされたこともありました(爆)。

楽しかったですが、ある意味大変でもありましたね。。。



最終的にツインボーカルでの編成にすることとなり、Vo:mayu(当時18歳)とSideVo:ikko(当時24歳)の二人とのユニット活動を開始することになりました。

※ユニット活動名「Right-HandMan」はこの時に「mayu」が付けてくれた名前です。

しかし、いざやろうとしたらキーがあわない。。。

女子の声の音域なんて分かっていませんでしたらね。

男性Voは2オクターブくらいでも行けますが、女性は1オクターブ半が一般です。

また上下の音程も人によって声が出る出ないがある微妙な音域があることが分かりました。

キーを調整したり、音域を絞った楽曲作りをするなど試行錯誤し、大変勉強になりました。



歌詞は女性陣二人に任せて、ある程度の練習は二人の自主練にしたのですが、、、

二人の間で揉め事が、、、

結局、一回のステージを行ってメインボーカル「mayu」が抜けることとなってしまいました(>_<)。

しかし、初代「Right-HandMan」でユニットステージが形になりその後の活動に大きくつなげることが出来ました。



さて、ユニット活動では打ち込みPOPソングでE.Guitarを弾いていたオレですが、Bassも弾きたくてオリジナルロックBANDに加入しました。

バンド名は『北信ローラーズ』。

バンド加入当時は、メインベースのSadowskyのアクティブの音色がロックサウンドに合わない気がして、中古で買った安物のSquier(スクワイア)のプレべを使っていました。

しかし、ちゃんとした楽器で演奏したいと思うようになり、新規購入しちゃいました。

●FenderUSA:HOTROD P-BASS SOT/R



このベースは現在もステージでのメインベースとして使っています。

良い買い物をしたと思っています。



このバンドはリーダーの池田くんがなかなかキャラが濃くて音の才能がある人物でした。

非常に楽しくバンド活動をさせていただけたんです。

この経験から「作曲活動=ユニット活動」「Bassプレイ活動=バンド加入で音楽勉強」で作曲活動とBassプレイ活動を分けて行うスタイルになっていきました。



次は長野最終編となります。

お楽しみに!

続きを読む

音楽活動の軌跡【シリーズ⑫】

blogネタに困った時に使うシリーズネタ第二弾「音楽活動の軌跡」の第十二回です。



千葉県で七年間を過ごした後、縁もゆかりもない土地である長野県に転勤なりました。

当時はまだ若かったですからまだまだ音楽活動への情熱は薄れていませんでした。

しかし、この地方都市でオレのやりたい音楽(自作曲)を一緒にやってくれるメンバーを探すのは難しい(時間がかかる)と思いました。

唄でも唄えれば弾き語りでの活動の道も考えたでしょうが、オレに唄の才能がないことぐらいは流石に理解していました(笑)。

そこで「一人でも音楽を続けてやろう!」と個人ホームページを立ち上げてそこで自作曲をMIDI配信することにしました。

当時は今のようにインターネットも高速じゃなかったし、動画やmp3配信なんて主流じゃなかったですからね。

作曲ソフトでMIDIデータを打ち込んでそれを配信する方法しかなかったんですよ。

とは言え、これまでドラムとベースとメロディラインくらいしか打ち込んだことがなかったオレにとって、ウワモノ(キーボード等)のアレンジをどうしてよいのか?は試行錯誤でしたね(>_<)。

「見よう見まねでなんとなくそんな感じ…」が精一杯でしたね。

でも諦めずにチャレンジしたことがその後につながったと思っています。

オレは歌詞は苦手だったので、同様にネット上で作詞ホームページをやっている方へコンタクトして自作曲に詞を付けてもらったり、相手の詞に曲を付けたりしていました。



MIDIって言っても今の皆様ではピンと来ないかもですね(笑)。

当時公開していたMIDI曲があったので以下にリンクを貼りますので聴いてみてください。

※PCで聴けますがスマホでもMIDI再生可能なオーディオアプリがインストールされていれば聴けます。



また会う日まで(MIDIリンク)



めちゃチープでしょ(笑)。

MIDIって譜面データだけなので、音源や音量バランスは再生する再生ソフトに依存してしまう面があるので細かい部分までは伝えきれないんですよね(^^;)。

でも、当時はデータ量が軽いのでこういった方式が多かったんです。



そのうちに何曲か打ち込み曲が溜まったところで、

「この音源でライブできるんじゃないかな?」

と思いつきました。

女性ボーカルだったらやりたい人は見つかるのではないか?

そう思ったんです。



オレはBassistなのでベースを弾きたかったですが、打ち込みのレベルも考慮して(笑)、適当にしかアレンジできなかったウワモノをフォローする意味でE.Guitarを弾くことにしました。

とは言え、E.Guitarはなんちゃってレベルでしたからね(^^;)。

本当に形にできるのか?アレンジ含め試行錯誤で準備しました。

こうして「女性Vo+打ち込み+E.Guitar(オレ)」のユニットスタイル活動に向けて動き出すことになった訳です。



また次回をお楽しみに!

続きを読む

音楽活動の軌跡【シリーズ⑪】

blogネタに困った時に使うシリーズネタ第二弾「音楽活動の軌跡」の第十一回です。



都内でメンバー募集を行い新たに若手のVocalとDrumを加えて新バンドを結成しました。

バンド名は『CLOVER』。

全員二十代。まだ夢が追える年代でしたね(笑)。



今のメインベースである『SadowskyTOKYO』を買ったのもこのバンドを始める際です。

今まで手にした楽器で一番高かったです(笑)。

当時の気合の表れでしょうか?(^^;)



●Sadowsky:JT-J59





このバンドでもオリジナルデモカセットを2本発売しました。

そこそこの評価は頂きましたが、、、どうも壁を越えられない。。。

当時はライブハウスのブッキングマネージャからライブ終了後にありがたいお説教をいただくのが一般でした。

週末のゴールデンタイムへの出演交渉をしていた時です。

どうもライブハウス側の歯切れが悪い。。そこで「やっぱり集客力ですか?」とメンバーが食い下がりました。

すると、、

「まずはゴールデンタイムに出ている出演者を自分の眼で見て感じなさい!」

と柔らかく一喝されました。

「じゃ、観に行ってみよう!」ということでメンバーで見学に。



そこに出演していたバンド全てに楽曲や演奏技術以外の突出する「良さ」がありました。

一般的な言い方になってしまいますが「バンドの個性」「ステージ表現力」「演奏の一体感」などです。

衝撃を受けましたね(笑)。



ちょっと努力とかそういう次元を超えていた気がします。

自分たちは所詮サラリーマンバンドだったんだ…と随分落ち込んだものです。

「良い」バンドはそれまでにも観てきたつもりでしたが、改めて「良さ」の重要さについて認識させられました。



そんな頃にちょうどオレの長野への転勤が決まりました。

メンバーはその後も後任のBassを加入させて、肩ひじを張らない趣味としてのバンド活動を継続しました。



ちなみにこのバンドを最後にオレのオリジナル曲をメインとするバンドは組んでいません。

上記には反省的な内容を書いていますが、オレの曲にはあっているバンドだったと思っています。



●明日に向かって/CLOVER





と言うことで、都内編は終了です。

次は長野編です。

お楽しみに(^_-)-☆。



続きを読む

プロフィール

otoya

Author:otoya

最新記事
年別アーカイブ一覧
カテゴリ
検索フォーム
リンク
QRコード
QR